映画ポスターの裏面や端に記された情報 アートとしての来歴と価値を読み解く
映画ポスター収集における新たな視点
映画ポスター収集をアートとして楽しむ際、多くの方はまずその表面のデザインや、印刷の質、紙の質感などに目を向けられることでしょう。もちろん、これらはポスターが持つアート性や魅力を構成する重要な要素です。しかし、ポスターという「物」が持つ歴史や背景を知ることも、収集の楽しみを一層深め、アートとしての価値をより多角的に理解することにつながります。
今回は、普段あまり意識されないかもしれない、ポスターの裏面や端に記された情報に焦点を当ててみたいと思います。これらの記載は、一見すると単なる事務的なメモのように思えるかもしれませんが、実はそのポスターが辿ってきた道のり、つまり「来歴(Provenance)」を示す貴重な手がかりを含んでいることがあるのです。
なぜ裏面や端に情報が記されるのか
映画ポスターは、映画が公開される際に劇場に配布され、宣伝のために使用されることが主な目的です。この配布や管理の過程で、様々な情報がポスターに記されることがあります。
- 配給会社や劇場での管理: どの劇場に何枚配布したか、いつ劇場に届いたか、といった管理のために、スタンプが押されたり、手書きで情報が書き込まれたりします。
- 検品や状態の確認: 輸送中の破損がないか確認したり、特定の状態(例えば折り目が多いなど)を記録したりするために、メモが書き加えられることがあります。
- 使用方法の指示: 特殊な掲示方法が必要な場合や、特定の場所に貼る指示などが記されることもあります。
- 流通の証: 一部のポスターには、特定のルートで配布されたことを示すシリアルナンバーやバーコードが付けられていることも稀にあります。
これらの記載は、ポスターが単なる大量生産された印刷物ではなく、特定の目的を持って製造・配布され、物理的な存在として流通した証と言えます。
裏面や端に記されている可能性のある情報
具体的な記載内容としては、以下のようなものが見られます。
- スタンプ:
- 配給会社の名前
- 劇場名や劇場コード
- 配布日や検品日などの日付
- 「検品済」「使用済」などの管理状況
- 手書きの文字:
- 劇場名
- 発送・受領日
- 枚数
- 担当者名やイニシャル
- ポスターの特定の状態(例: 「右端折れ」など)
- 掲示場所や方法に関する指示
- 印刷されたコードや数字:
- 管理用のバーコードや数字
- 製作ロット番号やエディション番号(一部の限定的なポスターに見られることがあります)
これらの情報は、ポスターの種類や製造された年代、配布されたルートによって大きく異なります。すべてのポスターに情報が記されているわけではありませんし、記されている情報量も様々です。
情報から読み取れるアートとしての来歴と価値
裏面や端に記された情報から、どのようなことが読み取れるのでしょうか。そして、それがアートとしての価値にどのように繋がるのでしょうか。
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来歴(Provenance)の示唆: スタンプや手書きの劇場名、日付などの情報から、そのポスターが実際にどの劇場に配布され、いつ頃使用される可能性があったか、あるいは使用されたかといった、具体的な「来歴」を推測する手がかりが得られます。美術品の世界において、その作品が誰の手を経てきたかという来歴は、作品の信頼性や価値を判断する上で非常に重要視されます。映画ポスターにおいても、例えば特定の歴史的な劇場で使用された証拠があるなど、そのポスター固有のストーリーが明らかになることは、アートとしての魅力を深める要素となります。
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オリジナル性の判断材料: 公式な配布ルートを通じて記されたスタンプやコードは、そのポスターが当時の正規の配布品であること、つまり「オリジナル版」であることを裏付ける一助となる場合があります。特に、特定の年代や配給会社のスタンプの形式を知っていると、真贋を判断する上での参考情報になり得ます。(ただし、スタンプ自体が偽造される可能性もゼロではないため、これだけで完全に真贋を判断できるわけではありません。)
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年代や種類の特定: スタンプの日付や、そこに記された配給会社の名称(時代の変化に伴い名称が変わることもあるため)などは、ポスターが製作・配布された正確な時期を特定する上で役立つことがあります。また、特定の劇場チェーンや地域でのみ配布されたポスターには固有のスタンプがある場合もあり、そのポスターがどのような種類のものかを知るヒントになります。
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「物」としての歴史的価値: 実際に映画館という場所と関わりを持っていた証である記載は、そのポスターが単なるイメージの媒体であるだけでなく、「物」として存在し、特定の時代の流通システムや文化と関わっていたことを示します。これは、ポスターを単なる印刷物ではなく、歴史的なアーティファクト(人工物)として捉える視点を提供し、アートとしての鑑賞をより重層的なものにします。
これらの情報によって、コレクターはポスターのデザインそのものに加えて、「このポスターは○○劇場に送られたものかもしれない」「このスタンプはあの時代のあの配給会社のものだ」といった具体的な物語や背景を感じ取ることができるようになります。これは、収集対象への愛着を深め、単なる物を集める行為を超えて、歴史や文化との対話を楽しむことにつながります。
収集における留意点
裏面や端の情報に注目することは収集をより豊かにしますが、いくつかの留意点があります。
- すべての記載が価値を高めるわけではない: 単に事務的なメモであったり、ポスターの状態を貶めるような内容(大きな破れの記録など)である場合もあります。記載があること自体が即座にポスターの価値を高めるわけではありません。
- 記載内容の解釈には知識が必要: スタンプの意味や手書き文字の判読には、当時の配給システムや劇場の情報など、ある程度の背景知識が役立ちます。情報源が不明確な記載も多く存在します。
- 状態への影響: インクのスタンプや手書き文字が、湿気などで他の部分に滲んだり、表面に写ってしまったりすることがあります。これもポスターの状態評価の一部として考慮する必要があります。
まとめ
映画ポスターの裏面や端に記された情報は、そのポスターが辿ってきた道のりや、当時の流通・管理方法を示す貴重な手がかりとなることがあります。これらの記載は、ポスターのデザインという視点とは異なる層で、そのポスター固有の「来歴」や「物語」を付与し、アートとしての価値をより深く、多角的に理解することを可能にします。
収集の際は、ぜひポスターの隅々まで、表面だけでなく裏面にも目を向けてみてください。そこに記された小さなスタンプや手書きの文字が、皆さんの収集品に新たな魅力と歴史的な奥行きをもたらしてくれるかもしれません。ポスターが持つアート性と共に、「物」としての歴史や背景を知ることで、映画ポスター収集の世界はさらに奥深いものとなるでしょう。